おちょこブログ

おちょこの裏ほどの器から始まったストーリー (旧タイトル:へなちょこブログ)

ゴリラ顔で 

2014.04.24

これは極めて個人的で偏った持論だけど、男は、大人になるにつれて身体的なコンプレックスから抜け出すことができる。


ような気がする。



「その顔でよく言うぜ!」というツッコミは甘んじて受けるけど、ゴリラにも友達はいる。


ちなみにゴリラが胸を叩く仕草を人間に真似させると10人中10人が握りこぶしを作って胸を叩くが、実際は手を開いたまま手の平で叩いている。
よろしく。



コンプレックスという言葉は少し重いかもしれないし、僕もそんなふうに思い詰めたことは全くないけれど、かつて岡田准一と蒼井優のカップルを見ては、どうしようもなく切ない気持ちになったものだ。


蒼井優の透明感ハンパないなぁ…と。



しかし、恵まれた環境、つまり来日中のオバマもビックリの我が国ニッポンでごくごく一般的な社会生活を一生懸命に営んでいれば、そんなことは超越し、自らの顔ですら客観視できるようになる。


嗚呼なんと能天気な話…。



でもやっぱり、僕がゴリラ顔であることと、僕のイビキがうるさすぎて宿泊行事では友達から敬遠されることは何ら関係のない話だ。



ゴリラ顔だから敬遠されるのではない。

イビキがうるさいから敬遠されるのだ。



そのことにさえ気付きゆけば、やはり身体的なコンプレックスは忘れ去られていく。



いま、皆で行きたい旬の温泉といえば、もちろん地獄谷温泉でしょう。



一緒に風呂に入れるんだと思っていたけど、あくまでも入ってるところを見学する施設なんだね。


そりゃそうか。


もはやゴリラじゃなくて猿だけどね。


一説によると、ゴリラだと身体が大きすぎてお湯が溢れて無くなっちゃうから、猿にしたらしい。



おわり
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石川遼のような生命保険 

2014.04.14

生命保険会社のCMを見るたびに、僕はとっても悲しい気持ちになる。


主に国内の生命保険会社のそれは、目も当てられない。



第○生命の「石川遼のような生命保険へ」に始まり、いやすでに始まってはいたけど、最近では綾瀬はるかが満面の笑みで「日本には、日○生命があります!」と、定期付終身なる搾取色の強い保険の保有契約の多さを誇示するなど、意味不明かつ説得力の全くないCMが横行している当該業界、そしてそれを平気で作る広告代理店すら疑わざるを得ない。



費用対効果は本当にあるんでしょうか。あるんだろうけど。



商品力のある外資の保険が日本にやってきてしばらく経つけれど、日本社は全く対抗できていない。


外資の保険の商品力を全て肯定するつもりはさらさら無いけれど、日本社の宣伝を見ていると、明らかに論点がズレている。


いやまぁ日本社にどれだけの保有契約があるのかは知らないけれど、保険業法および約款がある以上、保険金の支払いに関してお客さんが100%安心して加入するのは規模を問わず当たり前のことだ。


「保有が多いから、日本社だから、安心ですよ。石川遼のような保険なんですよ。」なんて言われて心が動くのは、親戚等から加入を強く勧められ、なんとなく納得はできないけど付き合いもあるし保険なんてどれも同じでしょう…と煮え切らない思いで一杯の新規客か、そんな感じでワケも分からず加入してしまって更新を間近に控えた既契約者くらいだ。


そういう相手に対して辛うじてクリーンなイメージを植え付け、背中を押す効果はもしかしたらあるのかもしれない。


でもね、年金も退職金も貰えるか分からず、自助努力が不可欠なこの状況で、住宅の次に高い買い物である保険の、しかも日本を代表する保険会社のCMが、「石川遼のような生命保険です!」じゃぁマズいでしょう。


いい加減誰もが気付くはず。


いや、気付いてはいるけど既に契約してしまっていて、年齢的にも肉体的にも変更がきかずに縛られているだけな人がほとんどな気もする。



と、批判めいたことをつらつらと書いたけれど、僕は保険の仕組み自体は素晴らしいと思うし、必要だとも思う。


それは一応保険会社にいた人間の最低限の認識として、強く持っている。


だからこそ、正当で公正な募集活動および宣伝が行われていない(結果として)ことに、憤りすら覚える。


「競争が基本の民間企業がやっている以上しょうがない。競争があるから商品力のある保険が生まれるし。」と誰もが言うが、その性質上、民間ではどうやったって健全性は保てないんだから、この際全て国でやればいい。


保険料も利回りも、そこそこの内容で構わない。


お宝保険なんて必要ない。


石川遼のような生命保険も必要ない。


国でやれば、国としても集めた保険料を国債に横流しにできる。


極めて安易な名案だと思うんだけど、安倍さん検討して頂けないでしょうか。




おわり

旅して自己啓発という勘違い 

2014.04.04

今では現実逃避の代名詞であり、もはや死語といってもいいバックパッカーという実体の無い種族に、僕は憧れていた節がある。



いや、僕が大学生だった頃の話をすれば、そういう海外貧乏個人旅行に憧れるのは当たり前だったし、バイトで貯めたお金でアジアを意味も無く漂流するというのは、当時の大学生にとって「っぽい」ことであり、何かを劇的に変えるキッカケであり、 大きなステータスになると思われていた。


下手をすれば、就活で使える最強のエピソードだと思い込んでいる輩(わたくし含む)も大勢いた。



高橋歩や小林紀晴は、僕らにとって大隈重信の代わりに崇める対象であった。




そんなわけで、僕も当時は大量の時間を投資して、というか浪費して、アジアに行った。


そーゆうことしてたらなんとなくモテそうだとも思ったし。



まぁ具体的には何の役にもたっていない(僕の実感としては)し、もちろんモテることもなかったけれど、後悔はしていない。



あーゆうのは、今思えば、何の為に行ったとか、何の役にたったとか、そんな前後の因果は皆無で、ただその最中が楽しかったという記憶が残るだけだ。


放浪中に後々結婚する相手に出会ったとかなら、それはこういう旅によってもたらされた劇的な変化かもしれないけど、その可能性は旅に限った話ではないでしょう。



自分探しが云々とか、価値観が広がる云々なんていうのも、サッカーという大分野を極めた上で世界中を旅した中田英寿にしか関係のない話だ。



良くも悪くも、大人の人間の性格や価値観がそう簡単に変わるわけがない。



じゃそーゆう旅には意味がないのかというとそーゆうわけではなくて、楽しそうだから行くし、楽しかったからまた行きたいなぁとは思える、ただそれだけでええじゃないかと。



わざわざ長い休みをとって大金を使ってそういう旅をして何か劇的な変化を得たいと思っているとしたら、法外な金額を払っていかがわしい自己啓発セミナーに一日だけ参加するほうがよっぽど効率的だと僕は思う。



僕の経験上、自己啓発は、旅の目的や結果には成り得ない。



だから変に対効果を期待せず、動機は不純でいい。


楽しそうだから、モテそうだから、ヒマだから。



大量の時間を消費するという点で、今の僕らにとってはその行為自体がかなりの贅沢であり、逆説的に憧れになってきている。


そんなふうに無条件にまたやりたいなぁと思えることが記憶の中にあるのは、幸せな人生、すなわち後悔の無い人生を歩んでいる証拠に違いない。


それだけで十分。



とはいっても、贅沢とか憧れとかいう言い回しが出てくる時点で昔ほど熱望はしてないんだろうし、行かない理由を探す癖が付いているのは否めない。



たまにこうやってブログに書いてみても、直近で行くための準備に取り掛かるつもりもない。



もはや「死ぬまでにもう一回行きたいなぁ…」くらい実現可能性の低い僕の大切な思い出。





おわり

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プロフィール

おちょこの裏

Author:おちょこの裏
世界最高の町、群馬県月夜町(現 みなかみ町)に生まれ、生後1週間で東京都板橋区へやってきたかと思いきや、サッカー 登山 素潜り サーフィン 写真 自転車 ミスチル 読書 ビール が好きに。



■海外渡航歴

オーストラリア・インド・タイ・カンボジア・ベトナム・ラオス・韓国・台湾



■国内は自転車で周ってます。

関東地方一周・東京→京都・別府→福岡・八丈島一周・東京→仙台・東京横断など



■登山歴

富士山・比叡山・筑波山・八丈富士・谷川岳・瑞牆山・雁ヶ腹摺山・三国山(群馬県)・越前岳・大山・塔ノ岳・荒船山・上州武尊山・蓼科山・雄山・大汝山・燕岳・大峰山・吾妻耶山・行者ケ岳・二子山・鍋割山・黒斑山・碁石ケ峰・袖平山・伊豆ヶ岳・大菩薩嶺・川苔山・編笠山・権現岳・掃部ヶ岳・道峰山(ソウル)・高水三山・生藤山・黒檜山・日光白根山・甲斐駒ケ岳・仙丈ヶ岳・羊蹄山・一ノ倉岳・茂倉岳・奈良倉山・蝶ヶ岳・白馬岳・両神山・宝登山・雲取山・檜洞丸・妙義山・入笠山・武奈ケ岳・荒島岳・八経ケ岳・西穂高岳・伊吹山・叔母子岳・剱岳・丹沢山・岩湧山・穂高岳・涸沢・弓折岳・双六岳・槍ヶ岳・樅沢岳・三俣蓮華岳・赤岳・横岳・白山・涸沢岳・小蓮華岳・針ノ木岳・蓮華岳
・木曽駒ケ岳


現在は東京にて営業を。

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