おちょこブログ

おちょこの裏ほどの器から始まったストーリー (旧タイトル:へなちょこブログ)

有形か無形か 

2013.12.28

勇気と希望に満ち溢れて内面ビックバンを引き起こしている就活生が夢見ることと言えば、パリッとしたスーツを着て、襟元には誰がみても分かる社章をピン留めし、新橋とか丸の内の交差点で社用携帯を耳にあてながらメモを取り、次の瞬間には左手を挙げてタクシーを捕まえる、そんな自分の姿でしょう。



そしてそんな就活中の学生が安い居酒屋に集って必ず卓上に持ち出すものといえば、「カタチの有るものを売るか、カタチの無いものを売るか」っていう極めて抽象的な商売談義だ。



要するに扱う商材が有形か無形かという話だけど、ジョッキも三杯目に突入したあたりで、「カタチの無いものを売るほうが大変で、難しくて、やり甲斐があって、スマートで、モテる」という結論に入っていく。


そして宴もたけなわ、〆のお茶漬けを啜り始めるあたりで、「広告か商社だな。銀行も受けるけど。」というオチが待っている。



少なくとも僕が現役の就活生だった頃、僕の周りはそうだった。



不思議なもので、その業界人以外の目には見えにくく、イメージしづらく、取っ付きにくい仕事というのは、学生からすると何となくカッコいいものだ。


お喋りなブロガーよりも寡黙なイケメンのほうがモテる。



だから皆、対企業のビジネスに憧れる。


商材が無形であれば尚更だ。



僕も、新卒時は最終的に旅行会社に就職し、旅行商品の対代理店の営業職、その後は某金融機関で金融商品のこちらも対代理店の営業。


その実務実態と個人的な感想についてはここでは書かないけれど、この記事を成立させる為に、とりあえず商材は無形だったということで。



で、今は初めての物販。



有形無形の優劣を語るほどナンセンスなことはないけれど、無形商材のほうがスマートでモテる可能性はもしかしたらあるのかも。それは誰か合コンで試してみて。



しかし、無形商材のほうが難しいとか大変だとかやり甲斐があるなんてのは、実に浅はかな話だ。


有形商材を扱う、つまり物理的に体積を伴う在庫を持つことが、いかに大変なことか。


そしてそれを満遍なく露出し、広く知らせることが。


そしてそれを届けることが。



想像よりも遥かにアナログなのが仕事の常だけど、その最たるものが物販だと。


あと、健康的だよね、なんとなく。



というわけで今年度の仕事は納まりました。



具体的な振り返りやら来年度の抱負やらは例年通り年末ギリギリに書くとして、とりあえず関東に向かいます。


寂しがりやなので。




おわり
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寂しがりやの越冬 

2013.12.21


(寂しくない関西の冬の夜)




何度も書いてきたけれど、僕は寂しがりやだ。

末期の。



「今は一人になりたいんだ…」なんて一度も思ったことがないし、そんな気分があったら食べてみたい。


辛いときには誰かに話を聞いてもらうのが一番に決まっているし、そもそも寝るとき以外、一人の時間なんていらない。


食事をするにしても、テレビを観るにしても、どこかへ出掛けるとしても、人といるほうが楽しいに決まっている。と思っている節がある。



大人になったら寂しくなくなるなんてのはウソだ。


大人になっても寂しいけど、大人になったら寂しい寂しい言ってられなくなるだけだ。



だから、この冬は、僕にはとても越せないはずだった。


この春からスタートした人生で初めての転勤、初めて見知らぬ土地で過ごすこの冬は。


さすがに僕には無理だと。


相手が悪いと。



しかし気付けば寒さもピークで、昨日は関西の真ん中らへんにある職場の窓からも降雪が確認された。


僕は投げ出さなかった。


つまり、早めに到来した寒波の影響もあって、転勤中の寂しがりやには非常に堪えるものになるだろうと予想されていたこの冬も、越冬の折り返し地点に差し掛かっている。


転勤直前、毎日更新することになるんだろうなぁ…と思っていたこのブログも、便りがないのはいい便りで、こんな感じになっている。


これはもうひとえにお付き合い頂いている皆様のお陰ということで、この場を借りてお礼を言いたいくらいだ。



この連休はサッカー漬けです。

ボールがトモダチ。



純情を絵に描いた様なさんざんむなしい夜も 笑って話せる今夜はいいね…




おわり

寒暖論 

2013.12.14


(ホットワイン みやま山荘より)



夏の冷より冬の暖の方が有り難く感じるのは何故かというと、原始時代はもっと寒かったからだ。


氷河期とかもあったくらいだからね。



人間はいつだって寒冷の中に温暖を探しながら進化してきた。



だから、「あの人は冷たい」と言えば「思いやりがない」となるし、「温かい人」と言えば「包容力があって優しい」となる。


「温めておいた計画」とは言うけど、「冷やしておいた計画」とは言わない。


北極や南極を楽園とは言わないが、ハワイやトンガはいつだって楽園だ。


「温かいスープはいかがですか」とは言うけど、「冷たいスープはいかがですか」は聞いたことがない。


こんな寒い夜は布団で「ぬくぬく」したいけど、暑い日に「ひやひや」したいとは言わない。


「あったかくして寝ろよ。」とは言うけど、「冷たくして寝ろよ。」とは言わない。



希望の光を灯したいけど、希望の光を冷やしたくはない。


スピッツは、時が流れてもひとつだけ小さな赤い灯を守り続けていくけれど、氷を守り続けてはいかない。


ミスチルは、カンナみたいに命を削って情熱を灯すけれど、カンナみたいに命を削って情熱は冷めない。


火や光があるように、熱は物体以外でも視認できるけれど、冷は物体以外では視認できない。



そして大抵の場合、熱いヤツは評価されるけど、冷めたヤツは評価されない。


こんな寒い冬は、お熱いのが何よりです。


本田もミランだし。




おわり

青春論 

2013.12.04

僕らにとっての青春とは、尾崎豊ではない。


どちらかと言えば、ガガガSPだ。


考えればすぐに分かるけれど、盗んだバイクで走り出したり、校舎の窓ガラスを壊して回った記憶はないけど、クラスの好きな女の子にメールして返信がなかなか来なくてようやく来たと思ったら母親だったとか、サッカー部の試合でスタメンから外されたことを僻んで同じポジションのヤツが怪我しちまえばいいのにと思ったりした記憶ならある。



僕ら世代の青春とは、そういうものでしょう。


僕の中での青春は、サッカー部と、同じクラスの好きだった女の子にしか存在し得ない。


尾崎豊よろしく大人社会の不条理みたいなものに反感を覚えるどころか、そんなものを感知することすら無かったような気がする。


バイクを盗んだり校舎の窓ガラスを割るなんて超極悪人のする他人事であって、僕はサッカー部の試合に自分が出ることと、好きな女の子と、良くしてくれる先生に気に入られることで頭がいっぱいだった。


それが僕らの青春だ。


しかし、青春を象徴する思春期という言葉は、大人への反発を意味するケースが多いように思う。

それこそ尾崎豊的な。



僕はずっと、そこに疑念を抱いてきた。


大人社会の不条理への反発は、大人になってから、それも社会人になってからのほうが確実に多い。


体裁や建前。


それを目の当たりにするのは、大人になってからだ。


それを青春と呼ぶならば、僕ら人間は大人になってからのほうがよっぽど青春してると、僕は思う。



青春とは、やっぱり前者の、部活やクラスの女の子の中にこそ存在していて欲しい。


大人社会の不条理は、つまり大人の青春は、僕ら大人の中だけで完結させねばならぬと、強く思う。




おわり

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プロフィール

おちょこの裏

Author:おちょこの裏
世界最高の町、群馬県月夜町(現 みなかみ町)に生まれ、生後1週間で東京都板橋区へやってきたかと思いきや、サッカー 登山 素潜り サーフィン 写真 自転車 ミスチル 読書 ビール が好きに。



■海外渡航歴

オーストラリア・インド・タイ・カンボジア・ベトナム・ラオス・韓国・台湾



■国内は自転車で周ってます。

関東地方一周・東京→京都・別府→福岡・八丈島一周・東京→仙台・東京横断など



■登山歴

富士山・比叡山・筑波山・八丈富士・谷川岳・瑞牆山・雁ヶ腹摺山・三国山(群馬県)・越前岳・大山・塔ノ岳・荒船山・上州武尊山・蓼科山・雄山・大汝山・燕岳・大峰山・吾妻耶山・行者ケ岳・二子山・鍋割山・黒斑山・碁石ケ峰・袖平山・伊豆ヶ岳・大菩薩嶺・川苔山・編笠山・権現岳・掃部ヶ岳・道峰山(ソウル)・高水三山・生藤山・黒檜山・日光白根山・甲斐駒ケ岳・仙丈ヶ岳・羊蹄山・一ノ倉岳・茂倉岳・奈良倉山・蝶ヶ岳・白馬岳・両神山・宝登山・雲取山・檜洞丸・妙義山・入笠山・武奈ケ岳・荒島岳・八経ケ岳・西穂高岳・伊吹山・叔母子岳・剱岳・丹沢山・岩湧山・穂高岳・涸沢・弓折岳・双六岳・槍ヶ岳・樅沢岳・三俣蓮華岳・赤岳・横岳・白山・涸沢岳・小蓮華岳・針ノ木岳・蓮華岳
・木曽駒ケ岳・大天井岳・常念岳・奥穂高岳・ジャンダルム


現在は東京にて営業を。

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