おちょこブログ

おちょこの裏ほどの器から始まったストーリー (旧タイトル:へなちょこブログ)

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中華たむら 

2010.04.25

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(羽田空港のアサーヒー。)

僕はずっと東京育ちだけど、生まれたのは祖母の家がある群馬県月夜野町(現みなかみ町)。

そんな月夜野町の話を書きたい。


月夜野町(僕にとっての)を説明する上で絶対に避けて通れないが「中華たむら」だ。

月夜野町は国道17号に沿ってポツポツと明かりがあるだけのド田舎だが、そんな中で僕の祖母家から徒歩3分の場所に店を構えるのが「中華たむら」だ。

モロヘイヤ(産地としては宮城県が有名らしい。Wikipedia情報。)という緑色の野菜を使ったモロヘイヤらーめん、モロヘイヤぎょうざが有名で、それが話題となってテレビでも取り上げられたことがあるのが「中華たむら」だ。

どこにでもある庶民的な中華料理屋と同じような店構えだが、田舎らしく店の広さは一級品で、座敷席が充実しているのが「中華たむら」だ。

店の入り口を通ると、「いらっしゃいませ」という昔ながらの女性の声が機械から発せられるのが「中華たむら」だ。

実際、どの料理も結構うまいのが「中華たむら」だ。

そんな「中華たむら」だが、今回このブログで取り上げた最大の理由は、「中華たむら」に出前を依頼するために電話をしたときのリアクションが非常に興味深いからである。


「中華たむら」で出前を取ろうとして祖母家から電話をすると、女性の声で「はい、たむらです。」という返答が返ってくるのだ。(僕が電話で出前を依頼したのは一回だけなので、いつもそうとは限りません。)

「はい、中華たむらです。」ではなく、「はい、たむらです。」だ。

僕が思わず「どこの田村さんですか?」と聞いてしまった、というのは月夜野町の一角では有名な話である。


「たむら」と言えば「中華たむら」みたいな慣習が月夜野町にはあるのか、「中華たむら」は基本的に「たむら」で勝負している向きがある。

たとえば、牛角赤塚に予約の電話をして「はい、赤塚です。」という返答が返ってくるのと同じテンションである。


だから月夜野町に住んでいる田村さんは電話に出るときには気を使わなければならない。

たとえ友人から電話がかかってきたとしても、「はい、たむらです。」では通用しない。

「はい、中華ではなく、月夜野町の一般的な田村です。」と言わねばならないからだ。


電話をかけるほうも同じで、「はい、たむらです。」という返答が来ても、電話の向こうで中華鍋でモロヘイヤを炒める音がするかしないかに神経を集中させることが大切だ。

音がすればそれは「中華たむら」。 しなければそれは普通の「田村さん」。

それが月夜野町だ。


僕には「田村」という名前の友達が何人かいるが、彼らと話をする度に、僕は「中華たむら」を思い出す。

彼らが「中華たむら」の店員なのではないか、という疑いは晴れることを知らない。


「中華たむら」との電話のやり取りは、景色ではないが某局の番組『ナニコレ珍百景』で取り上げて欲しい。

そんな「中華たむら」だが、味は本当に悪くないので是非みんなで行きましょう。


とにかく。

月夜野町はその美しい名前の通り凄くイイところです。

6月中旬くらいに田んぼに行けばホタルも見れます。



おわり
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食わず嫌いが嫌い説 

2010.04.22

仕事柄、外国為替等をはじめとした数学的思考を要する経済学についても勉強しているんだけど、根っから(そりゃあもう脊髄くらいから)文系の僕は数字に極端に弱い。


高校一年生くらいから数字関係とは絶縁を誓い、今では式が2個出現する方程式とかも分からない。

まじで。


今まで学んだ学問と言えば、サッカーと旅と文章と写真とチャリと牛角とミスチルくらいなもんなのに、今では金融のプロになるべく毎日もがいているっていう件について。


人生どーなるか分かったもんじゃない。

おかげで全部が新鮮で有難いが。

興味も知識もないことを一生懸命やるのが仕事だって誰かが言ってた気がするけど、その考え方も何となくわかる気がする。(※興味はあります。)


学生から社会人になるその瞬間から「コレ以外ねえ」と思える仕事を死ぬまでやってるのがもちろん理想だけど、食わず嫌いというのは誰にでもあると思うし、やってみたり知ってみたら面白いと思える事のほうが世の中には間違いなく多い。

というかそっちが大多数。

多趣味になる秘訣は意識的に食わず嫌いを嫌うことでしょ。(そのキッカケが訪れない幼少時代は置いといて)


だから「とりあえず目の前にあることを一生懸命やれば・・・」みたいな、ある意味行き当たりばったり的なテンションが美化され、正当化されるケースがあるわけだ。

じゃなきゃそもそも世の中が回らないから。

100%夢中になって「コレ以外ない」って思える内容の仕事を全ての人ができるなんて有り得ない。

大多数が食わず嫌いでやらない仕事を誰かがやってるから世の中は回ってる。

今のところは。


だから適当な職に就けばよいと言ってるわけじゃない。

僕が言いたいのは、一生懸命やれるなら、仕事のモチベーションはなんでもいいってこと。

たとえば、家族のために仕事内容は全く考慮せずに頑張ってる人もきっといるわけで。

でも、家族のためにお金を稼がなきゃならないから、その勤務先団体が求めるものは何とかこなそうとする。

だから仕事内容自体に対してモチベーションがないとは言えないわけだ。

あくまでも、結果を出しているのであれば、だけど。


社会貢献したい→この仕事で結果を出すことが社会貢献に繋がる→仕事で結果を出したい→仕事を頑張る

という流れと、

家族を養いたい→お金をたくさん稼ぎたい→お金を稼ぐには仕事で結果を出さなきゃならない→仕事で結果を出したい→仕事を頑張る

という流れは、度合の違いはあるとしても、細分化しきった「仕事を頑張る」という目的においては何も変わらない。

扶養すべき家族がいない段階(新卒など)で仕事を選ぶ時はおそらく前者に共感する人が多いというのは事実だと思うけど。


というわけで僕は数字を知ることから。




おわり

3畳の美学 

2010.04.19

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(しゃぶしゃぶランチ 新宿『瀬里奈』)


突然だけど、僕の部屋は3畳だ。

それはもう、実家で個人部屋を与えられた高校1年生のときからずっと。

以来10年近くもこの部屋のお世話になっている。


とは言っても、79年に一度くらいは上の写真のような贅沢な食事をすることだってある。

しゃぶしゃぶ口の中で溶けてた。

間違いなく溶けてた。



さて。

僕の統計上、「おれ、部屋が3畳なんだ。」と言えば、100000%の確率で「それって寝れるの?」というリアクションを勝ち取ることができる。

僕の友人関係の9割は、この3畳ネタで築き上げたと言っても過言ではない。

とりあえず「部屋が3畳」と言っておけば2秒くらいは会話が持つ。

本当によくお世話になっているというわけだ。


この部屋に友達が遊びに来たことも数知れず。

そんな彼らは、大抵の場合15分以内にこの部屋から出ていく。

「落ち着きそうだね。」とか、「隠れ家みたいでいいね。」などと言い残して。

僕の統計上、人がいたくもない狭い場所に我慢していられるのはどうやら15分が限界らしい。

そんな彼らが再びこの部屋に来ることはないだろう。 僕の統計上。


布団と本と服と14型のアナログテレビ、そしてビールを飲みながらくだらないブログを書けるくらいの小さなテーブルがこの部屋にはあるんだけど、布団はたためばニトリばりのソファになるし、広げれば部屋の形にぴったりとハマって寝る以外なにも出来なくなるから不可抗力的に寝れる。

そしてテレビは来年になれば地デジちゃんのせいで見れなくなるだろう。

もし、友達数人と飲み会を開けば、それはもはや立ち飲みになるだろう。

その友達数人が終電を逃したとしたら、それはもはや立ち寝になるだろう。

そんななか、僕は至近距離で得意のイビキをぶちかますだろう。

僕は大学のサッカーチームでやっていた内々のくだらないアンケートの「イビキがうるさい人ランキング」で堂々の1位を獲得したことがある。(本当。)

飲み薬とかで治るだろ的なテンションで耳鼻科に相談に行った時、「そんなに気になるなら考えてはみるけど、のどの形の問題だから、かなり大きな手術になるね。」と言われて、ビビってやめたこともある。(これも本当。)



話が反れたけど、とにかく書きたかったのは、結局のところ、僕はこの部屋が好きだってことで。

もとは物置なので日当たり等が全く考慮されていないからか、夏はやたらと暑く、冬はやたらと寒く、雨の日はやたらとジメジメする。


そして忘れかけた頃にゴキブリ侍が出る。

侍は、3畳なのをいいことに、部屋をほぼ隈なく走りまわる。

僕は自分でもビックリするくらい侍が苦手なので、部屋の中を逃げ回る。

しかし3畳という狭い密室で逃げ切ることは不可能なので、幾度となく侍に喰われそうになった。


だけど僕はこの部屋じゃないと熟睡はできない。

ブログも書けない。

不思議と。


というわけで僕の部屋の紹介おわり。

遊びに来たい人は気軽に連絡ください。

じゃ。

休肝日の話 

2010.04.14


(ブクログより。これを読めば2~3日はお酒を飲みたくなくなるでしょう。束の間の休肝日を設けたい方は是非。)




最近は環境が変化したばかりということもあって、休みの日はもちろん、仕事後も含めてほぼ毎日誰かしらと飲みに行っている。

こーゆう状況は、思わず寝言で「かたじけない」と言ってしまったくらい有難いことだし、大切にしたいと思う。


ただ、キリンが『休みの日のAlc0.00』という、「休肝日用」という新しい切り口でノンアルコールのビアテイスト飲料を発売しているように、休肝日設定というのがどうやら流行っているようである。

「休肝日」が今年の流行語大賞にノミネートされるのでは?という声もチラホラあるらしい。



というのはウソだけど、僕にとって見逃せない世の中の動きの1つであることは確かだ。


以前のブログでも書いてたことだけど、僕はビールが水道から出てくる夢を見るくらいビールが好きで、よっぽどのことがない限り毎日必ず飲む。

それはもう「朝のコーヒー」どころの話ではなく、「朝はトイレに直行する」くらいの必然的かつ不可欠な習慣となっている。(※アル中ではありません。)


要するに、僕にとって休肝日を設けるということは、手を使わずに耳そうじをするくらい困難なことなのである。


とはいっても、困難を前にしたときに試行錯誤せずに諦める、という行為は何も生まないので、ちょっぴり考えた結果、ひとつの結論に行きついた。


それは、毎日の飲み会の中で気が向いた日にいつもよりも多めに飲んで、次の日を二日酔いの状態にする、という方法。

二日酔いの日はお酒なんて見たくもなーい、という経験は誰もがお持ちでしょう。

これならその日はお酒を飲まずに済むので自然と休肝日になるわけだ。

極めてロジカルでエクセレントかつ、オリジナルでグローバルな方法である。


ただ、この方法はあくまでも「休肝日の設定」が目的となっており、肝臓への配慮には全くなっていないので、要注意。

なんかいい方法ないかね。




おわり




ハイタッチ 

2010.04.11

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(Vリーグ 東京体育館より)

今日は友達からの誘いでプロのバレーボールを観戦しに。

サッカーはもちろん、基本的にスポーツ観戦は好きなんだけど、バレーのような屋内で行う競技をちゃんと観たのは初めて。


やはりスポーツは良い。

人類史上最高で最良の文化であると僕は信じてやまない。

政治的観念が介入した国際試合や、チームの経営(経済)状況が見え隠れするようなシーン、八百長等はともかくとして、スポーツっていうのは最もクリーンで影響力も強い人間の産物だと。


サッカーでも頭であれこれ考えながら理屈っぽくプレーすることはもちろんあるし、バレーボールでもあるんだろうけど、「体が勝手に反応した」なーんてよく言われるように、本能的な動きが大半、または中心となって作り上げられる文化はスポーツくらいなもんだと思う。

だから観ている人の本能に訴えることができる。

無条件に感動させることができる。


バレーボールに関して言えば、試合中、チームメイト同士が事あるごとにハイタッチを交わしたり円陣を組んだりしてコミュニケーションを途切らせないのが印象的。

屋内ゆえ、サッカーとは比にならないほど狭いコートだから選手同士の距離が近く、一体感があるからってのもあるだろうけど、僕の勝手で表面的な推測によると、助け合いのスポーツだからかなと。

つまり、味方が弾いたボールを、全員で協力しあって必死に拾い、落とさないように全員で相手コートへと運んでいく、という一連のチームプレーが常に継続されているってこと。

もちろんどのスポーツにもそんな助け合いの要素はあるけど、それが分かりやすく体現されているのがバレーボールの特徴だと思う。


とにかく、僕の場合あんなにハイタッチしてたらプライベートや仕事でも思わずハイタッチしまくってアダ名が『ハイタッチ』になりそうだ、というのが今日の一番の感想。


これ以上知ったようなことを書くと股間にスパイクを喰らって一生立ち直れない状況になりそうなのでこのくらいで。


とりあえず、バレー選手デカすぎ。


一日に牛乳800Lはいってるだろ、あれは。



おわり

一個だけ 

2010.04.09




人生で二つ目の会社組織に所属して一週間、もちろんまだ何かを成し遂げたわけでは全くないし、そんな段階でも状況でもないんだけど、思うところはかなりある。

僕は書くことでかなりの振り返りと現状認識と今後のプラン作成ができることを前回二年以上続けていたブログ執筆で実感しているので、今回も書きたいことは腐るほどあるんだけど、全部書いたらいつか書いたインド旅行記みたいになっちゃうので、今日は一個だけ。


たった一年だとしても会社に所属した経験があると、それを基に考え方が形成されている部分が少なからずあって、そこから逸脱したケースに直面すると、「それ違くなーい?」と無意識に思ってしまう節がある。

別にそれが悪いことだとは思ってないし、というか僕は前職での経験を100%プラスだったと確信してるし、どっちが正しいなんてことはないと思ってる。

ただ、前職で培った、あるいは染み付いた考え方と、現職で掲げられている考え方のすり合わせは、想像以上に難しい。

ってか面白い。


社会人経験があるからといって、必ずしもそれがプラスになるとは限らないし、むしろ足を引っ張る部分もある。


そーゆう意味では、企業採用活動において新卒が優先されやすい現在の風潮にも納得がいくし、大抵の場合翌年の3月に一斉に卒業し、4月から一斉に入社できる、という採用活動効率の面を考えても、新卒採用というのは十分に合理的なものであることが分かる。


とはいっても会社側の同意のもとで入社したことには何も変わりはないし、重要なのはこの状況を僕がどう解釈して、どう行動するかってことだけであって、それ以外には有り得ない。


僕が栗井ムネ男と並ぶくらい崇拝している金城一紀の『フライ、ダディ、フライ』の中で、

「それが偶然であれ必然であれ、いまの私はそこからなんらかの意味を見出していくしかない。できるなら、大切な意味を。」

っていう目ん玉が飛び出るくらいカッコいい、てゆーかむしろ目ん玉が飛び出たセリフがあるんだけど、肝に銘じて頑張りたい。

サッカーも。


さようならおやすみ。

歴史小説かじり 

2010.04.04

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(井の頭公園より)


大学受験の選択科目に政治経済を選んだ僕はこれといって歴史を勉強したことがないし、歴史小説など読んだこともなかったし、いま流行りの坂本竜馬にもあまり興味がなかったんだけど、恩師から司馬遼太郎の代表作の文庫本を頂いたことを期に、そりゃあもうハマりそう。

まあ井上雄彦の『バガボンド』は面白いと思えていたから、歴史小説も読み始めれば何かしら感じるもんはあるんだろうとは思ってたけど。


(ブクログ あくっちゃん→http://booklog.jp/users/inhkkzより)


『世に棲む日日』は吉田松陰とその後継者である高杉晋作の話なんだけど、日本における『旅行』という概念のエッセンスが詰まってる、らしい。

まだ4篇あるうちの1つしか読んでないから何とも言えないけど、すでにその要素は読み取れる。


「・・・・ゆくさきざきの蔵書家から書物をかりて読み、人物がいるときけばそれをたずねて意見をきき、いわば花から花へ移る蝶のように自分自身を移動させつつ、そのようにして蜜を吸ってゆく。」


これは平戸へ旅をする松陰の様子を著者が表現したものだけど、まさしく旅のエッセンスってやつだろう。

そしてこんな旅のスタイルを体現できたことは、吉田松陰という人物の素直で柔軟な性質、生き様に起因しているはず。

著者も、松陰の性質について、

「つねに物の理を尊び、それに服しようとする姿勢がこの若者にはある。」

って書いてる。


確かになんでも受け入れようとする姿勢であればあるほど、旅行は楽しいしね。



僕は本を読んでる間の時間が楽しくて没頭できてれば良いだけで、モノの考え方のヒントみたいなものを得ようとして本を読むタチではないんだけど、歴史小説を読むと、その登場人物の考え方にやたらと納得できる。説得力がある。

それは歴史上の人物によって形成されてきた環境とか思考回路が少なからず基になって今現在があるっていう当たり前のことを本能的に感じていることと、その人たちが経験してきたことや、環境は絶対的なものであって、それを今さら僕たちが経験したり、それについて干渉したりすることは絶対にできないっていう2つの理由によるもんだと思う。

無意識のうちに尊敬してるというか。

「すべて良き書物を読むことは、過去の最もすぐれた人々と会話をかわすようなものである」っていうデカルトの有名な名言があるけど、まさにその通り。


『世に棲む日日』の中で、稽古の一環である読書中に汗だくになってかゆくなった顔を手で掻いただけの松陰を、家庭教師である玉木文之進が、「痒み(かゆみ)は私。掻くことは私の満足。それをゆるせば長じて人の世に出たとき私利私欲をはかる人間になる。だからなぐるのだ」といって崖から突き落として半殺しにするシーンがある。

今なら間違いなくパワハラで訴えられるであろうこんな行為も、「侍の定義は公のためにつくすものであるという以外にない。だから私情は徹底的に排するべきだ」なーんていう玉木文之進の指導方針を読んじゃうと、「昔はそーゆうもんだったのか。」と妙に納得し、頭ごなしに否定することはできなくなるわけだ。


そこが歴史小説の凄いところ。


大学の卒業論文では、沢木耕太郎の『深夜特急』を題材にして『日本人バックパッカー論』を書いたけど、司馬遼太郎を題材にしても面白かったかも。


まぁ堅苦しいことは置いといて、『世に棲む日日』はアツいから是非。



おわり

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プロフィール

おちょこの裏

Author:おちょこの裏
世界最高の町、群馬県月夜町(現 みなかみ町)に生まれ、生後1週間で東京都板橋区へやってきたかと思いきや、サッカー 登山 素潜り サーフィン 写真 自転車 ミスチル 読書 ビール が好きに。



■海外渡航歴

オーストラリア・インド・タイ・カンボジア・ベトナム・ラオス・韓国・台湾



■国内は自転車で周ってます。

関東地方一周・東京→京都・別府→福岡・八丈島一周・東京→仙台・東京横断など



■登山歴

富士山・比叡山・筑波山・八丈富士・谷川岳・瑞牆山・雁ヶ腹摺山・三国山(群馬県)・越前岳・大山・塔ノ岳・荒船山・上州武尊山・蓼科山・雄山・大汝山・燕岳・大峰山・吾妻耶山・行者ケ岳・二子山・鍋割山・黒斑山・碁石ケ峰・袖平山・伊豆ヶ岳・大菩薩嶺・川苔山・編笠山・権現岳・掃部ヶ岳・道峰山(ソウル)・高水三山・生藤山・黒檜山・日光白根山・甲斐駒ケ岳・仙丈ヶ岳・羊蹄山・一ノ倉岳・茂倉岳・奈良倉山・蝶ヶ岳・白馬岳・両神山・宝登山・雲取山・檜洞丸・妙義山・入笠山・武奈ケ岳・荒島岳・八経ケ岳・西穂高岳・伊吹山・叔母子岳・剱岳・丹沢山・岩湧山・穂高岳・涸沢・弓折岳・双六岳・槍ヶ岳・樅沢岳・三俣蓮華岳・赤岳・横岳・白山・涸沢岳・小蓮華岳・針ノ木岳・蓮華岳



現在は東京にて営業を。

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