おちょこブログ

おちょこの裏ほどの器から始まったストーリー (旧タイトル:へなちょこブログ)

小笠原空港 

2016.12.09


(おがさわら丸 出港でどこまでも追いかけてくる船たち)




ブログはさりげなくサボりつつ、東洋のガラパゴスに行ってました。


行った途端に首都圏では雪が降っていたそうな。






それはもうこんなブログで表現したらそれだけで世界遺産登録解除になりそうなくらい小笠原の自然は繊細かつダイナミックで、この感動は直接会った方に身振り手振りで長々としつこく説明したい気持ちでいっぱいです。




普段はサーフィンや素潜りのフィールド争いで戦うことも多い見ず知らずの漁師が船で追いかけて来て、ため息をつくことはあっても、まさか涙を流すなんて後にも先にも無いでしょう。





いまだに竹芝桟橋からの24時間の船旅でしか訪れることのできない小笠原は今、空港を敷くか否かの議論で揺れている。



その大半が固有種であるという小笠原の動植物をはじめとした自然を守るため、来島者数が倍増するであろう空港設置に反対する人がいるのは容易に想像できる。





一方で、賛成派の意見はどうか。





浅はかな僕はこう思う。



観光客誘致が小笠原を経済的に潤す唯一の手段であるからして、空港設置はいうまでもなく急務なのである。と。




もちろん、それも一理あるでしょう。


観光客が来ないことには成立しない商売、ひいては生活が多々あるのは事実で、だからこそ島中の船という船が並走して盛大な見送りをしてくれる。





しかしそれとは別に、そんな小笠原の自然を愛して止まない生粋の島っ子が、空港設置に賛成せざるを得ない大きな理由がある。





それは、僕のような健康だけが取り柄の若輩者にはおよそ想像のつかない、医療の問題だ。





小笠原には、ひとつだけ診療所があるものの、輸血はできない。


つまり、血液の供給を必要とする手術等は全て不可能で、全て内地への搬送となる。


しかし唯一無二の船はおよそ週に1便、それに我らが東京までは24時間かかる。(お金もね)


僕のメンタルでは間違いなく船の中で最期を迎えることになるでしょう。



自衛隊のヘリで急患搬送するケースもあるけど、それでも10時間程の時間を要する。




また、現状小笠原では出産もできない。


妊娠8ヶ月で内地への事実上の強制搬送となる。




とまぁ重たい、されど必要不可欠かつ当たり前の事情により、空港設置が求められているわけだ。



僕らは少し先の小笠原旅行を夢見るが、小笠原で生計を立てる人は紛れもなく今日明日の日常を祈っているのである。





というわけで、小笠原村民の平均年齢は日本で一番低い。



医療を要する高齢層は内地に行くから。



そして上記のような事情が頭に入っている移住者は、大抵が期限付きだから。



イルカやクジラが好きで小笠原に来ても、数年で内地に戻ってしまう20~30代が住民の多くを占めるという。


つまり、家族とともにずーっと小笠原にいようというツワモノはごく僅かなのである。




しかしそれも小笠原を小笠原たらしめる所以で、いわゆる生粋のローカルは極めて少ない。




期限付きの移民が大半を占めるからこそ、冷やかしと呼ばれるような観光客ですら受け入れてくれるキャパが小笠原にはあるわけだ。






空港ができるのかどうかは知らないし、どっちがいいのかを語るにはまだ知らないことが多すぎるので、とりあえずこの動画を。




YouTubeリンク





この亀は放射能浴びてないんだろうなぁ…。






おわり

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カメラを忘れた 

2011.07.18


三連休はかなり盛り沢山な日程だったけれど、カメラを携帯し忘れたために記事の完成度が下がると予想されるので詳しくは書きません。


やはり僕は自分が良いと思った物事を人に時に一方的に薦めて、半強制的にでも共感してもらうことに生きた心地を感じる鬱陶しい人種なので、旅とアウトドアをする際にカメラは必携。


何かしら感動する光景や美味しい料理に出会ったときに僕が真っ先に思うことは、「これ○○にも見せたい」、「これ○○にも食わせてやりたい」であり、そして最終的に「この良さを○○にも分かって欲しい」という感情に落ち着く。


だから、とかく視覚をもって感動することの多い旅行やアウトドアにおいては、その感動を伝える際に写真が外せなくなる。


美味しそうなご当地グルメや、山頂からの壮大な景色を文章で表現しきるのは至難の業だ。

写真ですら伝えきるのは難しいのに、文章だけでそれを伝えようとするなんてもってのほかだ。


だから僕は書かない。写真なき三連休の奉行は。

書きてー。


かつて東南アジア放浪中に出会った手ぶらの日本人が言ってた。

「旅の感動は記憶に焼きつけるもので、写真に残すもんじゃない」と。


でも僕は、誰かに伝えたいという気持ちが圧倒的に優先されるので、写真は撮る。


カメラをカバンに入れ忘れたことを反省し、今日は寝ることにする。



死ぬまでに一度でいいから野生のヘラジカを直接見てみたい。

ヘラジカ見れるなら写真は撮らないから。




おわり

東京横断チャリ奉行 

2011.03.22

連休は自身のチャリ旅としては第6弾となる東京横断を。

と、たいそうなタイトルにしたけれど、こーゆうへなちょこなブログにとってキャッチというのは非常に大切なので悪しからず。

要するに住まいのある板橋から奥多摩までおよそ70キロという、チャリ芸人の僕らからすれば休日に蒼井優を見るために最寄のコンビニまで寝巻きのまま歩いて行くのと何ら変わらないような旅をしてきたので書きます。


三鷹駅前でチャリ芸人仲間と待ち合わせをし、改めて奥多摩までのルートを確認。

「瞬殺」ということで合点し、出発。


基本的には新青梅街道を辿るルートだったんだけど、車道は所々でとてつもない渋滞に見舞われていた。

皆さんご存知のガソリン難によって、スタンドに入るための列が延々と続いているわけだ。


話は逸れるが、今回の震災で改めてチャリという文明の素晴らしさが認識されたんじゃないかと思う。

いわば原点回帰。

健康な身体と、平らな道だけあれば、歩行の何倍も早く移動ができるものってなーんだ。 チャリだ。


もちろん、ガソリン難で渋滞にハマるようなこともない。


また、3/11金曜日、都内のドンキホーテ等ではチャリの売り切れが続出したらしい。

一刻も早く帰りたかった帰宅困難者が、手頃なチャリを買い求めたためだ。

災害時にも、その存在感に影が落ちることはなかった。


やはりチャリなのか。

そうなのか。

結局は。


というわけで渋滞などは何のその、昼頃には羽村市へ到着。

昼食を済ませ、ゆっくりと休憩をとり、青梅市へ突入。

休憩中に奥多摩の民宿の予約も済ませる。


すでにゴールである奥多摩駅までは25キロを切っていたが、ここからの道は山を縫っているので上りが続くと予想されていた。


しかし腐っても東京都。

所々で微妙な上りがあるだけで、降りて手で押すようなことは一度もなく、15時頃には奥多摩大橋へ。


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(奥多摩大橋より)


やはりこの旅はピクニックレベルなのか。

嫌だ。こんな終わり方は。


そんな思いとは裏腹に、奥多摩駅までの距離はみるみると縮まっていき、気づけば地図が示す民宿の付近まで来てしまっていた。


しかしそこで事件は起きた。



宿が見当たらないのだ。

辺りを見渡しても、何年も前から営業してなさそうな駄菓子屋が一軒建っているだけ。

しかしアイフォーーーンは明らかにその場所を示している。

チャリ芸人の本能をくすぐる事件の匂いだった。


もう一度駄菓子屋を見てみる。

しかしそれは紛れもないただの駄菓子屋だ。



(問題の駄菓子屋。じゃなくて『民宿山田』。奥多摩駅すぐ。 iPhoneで撮影)



駄菓子屋じゃなかった。

コーラ屋だった。


じゃなくて紛れもなく僕らが予約した民宿山田さんだった。


いやいやこんな古典的なギャグやめてよー、なんて言いながら何となく引き戸を開けてみると、普通に感じの良い女将さんが出てきた。

「待ってましたよ。」と。

駄菓子屋で。


川沿いに建ったその駄菓子屋の中は以外にも広く(下に)、部屋にはきちんと布団が用意されていた。


女将さんもとても親切で、チャリ芸人に臆する様子もない。

奥多摩では毎年ロードレースがあるらしく、そのときによくチャリ芸人を泊めるのだという。


僕は心底安心した。

書くネタができたと。


ともあれ、非常に居心地が良くお手頃な駄菓子屋なので、じゃなくて民宿なので是非。


日も暮れ始めていたので特にすることはなく、適当に奥多摩駅前で酒を買い、早々に駄菓子屋で酒盛りをして就寝。


翌朝は予想通りの冷たい雨だったので、ゆっくりと起きて駅前でチャリを分解、輪行して地元の駅まで戻ったわけだ。

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(初めてモンベルの輪行袋を使用。ジッパーではなくヒモで閉じるので使いやすい。)


こーしてチャリ旅第6段も終了。

東京チョロい。


僕のチャリ芸人人生も成熟期に入ってきたような。

次は斬新な企画が必要な気がする。



おわり

秩父奉行 

2011.02.19

タイトルが読みづらい。


遅ればせながら、前の連休に野郎共で秩父を攻めてきたのでその話を書きたい。


もともとは奥秩父にそびえ立つ両神山への登山ということで宿も手配していたんだけど、連休の関東地方はご存知の通りの天候だったため、誠に残念ながら「男三人で温泉旅行」という最も恐れていた結果に終わった。


でも書く。



連休初日の夜のこと。


新宿のレンタカー屋に集合した僕らは、ほぼ無言のままスタッドレスも履いていない車に乗り込んだ。

雪が降りしきる中、ノロノロと北西へ車を走らせる。


この天候ではどう考えても翌日の登山は無理だと分かっていたが、誰もそのことには言及せず、ミスチル談義に花を咲かせた。

名曲「Forever」を知らなかった乗組員が一人いたので、とりあえずもう一人のミスチルオタクと一緒に説明してやった。

思い知れ。



飯能市に入ったあたりから景色の中の白が占める割合が大幅に増え、運転もより慎重になる。


どう考えても登山は厳しい感じだ。

鹿も雪を避けて穴ぐらで寝てる。


そーして何をしに来たのか全く分からないままに宿に到着。


23時という迷惑な時間&雪にも関わらず、駐車場では宿のおばさんがハンテン一枚でお出迎え。


あの健気な姿を僕は忘れない。


第一声は「秩父へは何しに来られたんですか?」だったが。

こっちが聞きたい。


部屋を案内されると、すでにストーブが焚かれ、布団も綺麗に準備されていたことに再び感銘を受けた僕らは、気づけばせっかくだから楽しもうというテンションになっていた。


やはり宿の良し悪しは、宿の人間の心遣いの有り無しにかかっていると僕は思う。

部屋や風呂や食事がどんなに素敵でも、ぞんざいな扱いをされれば男三人で楽しめるはずもない。


失礼ながら平凡な設備の宿にして、せっかくだから楽しもうというテンションにさせてくれた宿のおばさんは、サービス業従事者の鏡だ。


というわけで荷物を置き、早速沸きたての風呂へ。

風呂までの通路で雪を投げ合う僕ら。


なんとでも言ってくれ。



風呂からあがると、誰からともなくウノをしながら飲み始めた。

途中、それぞれ買ってきていたカップラーメンを食うことになり、部屋に常備されているポットでお湯を沸かした。


しかし箸がなかった。

迂闊にも貰い忘れていた。


だから罰ゲームは宿の外で三人分の箸代わりの枝を採ってくるということになった。


最年少の東大生が負けた。


そいつが枝を採る姿を動画で撮りながらケラケラ笑った。


そーしてお湯の投入を早まってすでに伸びきっていたカップラーメンをすすった。


こんなことでも十分に楽しめる僕らにこそ、未来はある。

“くだらない話で安らげる僕らは その愚かさこそが何よりも宝もの”(スピッツ「愛の言葉」より)である。



翌朝。


窓を開け、予想通りの銀世界に絶望を感じつつ、朝飯を食おうと近くにあった「道の駅 両神温泉薬師の湯」へ。

リンク→http://www.road-star.jp/michieki/kanto/saitama/09ryokami/index.htm


パンとコーヒーの簡単な済ませ、車に戻ろうとしたとき、道の駅の向かいにイチゴ狩りのビニールハウスがあるのに気付いた。


嫌な予感はしていたが、仲間の一人がここぞとばかりに言い出した。

「イチゴ狩りやろう」と。


断る理由などどこにもなかった。

もはやどうにでもなってくれ。


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やたらと歓迎ムードのイチゴ農園の方々。

それがまたキツい。


とりあえずイチゴを狩り、破格の値段で精算し、ビニールハウス内に設置してあった休憩スペースでイチゴを食らった。


あ、あまい…。


食えば食うほど、「サービスだよーん」と次々と追加のイチゴが運ばれてくる。


僕らはイチゴを食うために男三人で秩父に来た。

いや、僕らはイチゴを食うために生まれてきた。

というか僕らがイチゴだ。


最終的に限界が来たので、指スマで負けたヤツが残ったイチゴを食うことに。


もちろん、最年少の東大生が負けた。

リンク→http://www.youtube.com/watch?v=bMvibWJCj6U
(「イチゴを食う東大生」YouTubeに投稿済)



雪が止む気配はこれっぽちもなかったが、せめて両神山の外観くらいは眺めたいということで再度車を走らせる。


しかし、少し近づくと、すぐにこれだ。


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(両神山麓付近より)


結局、路面の凍結にビビって途中で車を停め、全然盛り上がらない雪合戦をして引き返した。

冷たい。


しかし僕らの旅はこのままでは終わらない。


山がダメならメシだ、ということでアイフォーーーンで秩父の名物を調べた。


そこで出てきたのが何を隠そう「秩父いのしし亭」だ。

秩父の土地に代々継がれてきた老舗中の老舗。


いのししを食えば僕らの旅は完全に正当化される。


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(秩父いのしし亭 いのしし鍋定食三人前)


いのししはこんなにも美しい。


店長らしき人が付きっきりで調理をしてくれる。

その間、イノシシにまつわる話をたくさん聞いた。


最終的に、男のロマンだということだけは分かった。


多少値は張るが、先日東京の老舗「ももんじゃ」で食ったものよりも質は高かったと思う。

参照リンク→http://henachoko0913.blog3.fc2.com/blog-entry-68.html へなちょこブログ「そんなつもりはなかった」


やはり「地元」というのは強い。

根付いているものが違う。

譲れないものがそこにはある。



こーして僕らの旅は何気なく終わった。

きっとまた行く。

なめんな。



おわり

東京→仙台 チャリ奉行 

2010.09.21

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(福島県勿来駅近く海岸より)


昨晩新幹線をぶちかまして東京に帰還し、チャリ旅第5弾東京~仙台が終了しました。

今回はサッカー仲間2人との敢行。

うち1人は浅草で自転車にぶつかってギアが壊れて出発が一日遅れるという胡散臭いアクシデントがあったけど、最終的には3人揃って仙台で祝杯をあげました。

3人とも、とりあえず口だけ野郎にならずに済みました。

走行距離は約360キロと京都んときよりは随分短かったけど、いかんせん2日間で着きたいという時間的なプレッシャーのせいで飛ばしまくっていたため、僕の足腰はしょーもないことになりました。

たまに仕事のことが頭にチラつくあたりも全くしょーもない。

京都んときは余計な考えは一切なくアホみたいにこげたのに。


さて。

金曜日の仕事後21時半に遅刻してた1人(以下 モトヤマ)を置き去りにして上野を出発。

無事に一緒に出発したヒゲゴリラと6号線を一時間ほど走行し、柏に到着。

とりあえずモトヤマを待たなければならないということもあったので、柏のカプセルホテルで宿を取ることに。

近くのガストでビールを飲んでいると、モトヤマから電話があり、追いつこうと出発して間もない浅草で自転車と衝突してギアが壊れたとのこと。

とりあえず浅草で宿をとって、次の日の朝一でチャリを直してもらうことにしたモトヤマ。

ヒゲゴリラは「我関せず」といった顔つきでウホウホ言っているだけだった。


翌朝6時、モトヤマの順調な追走を信じ、ヒゲゴリラと柏を出発。

快調に飛ばし、11時頃に日立を走行中、モトヤマから着信が。

「もうすぐ日立だよ!追いついちゃうよ!」的な連絡かと思いきや、自転車屋でギアの修理に一週間かかると告げられたため、今回の旅は見送るよ・・・という慰めようのない残酷な内容であった。

今回、1人で仙台を目指そうとしていた僕を引きとめて「3人で行こう。」と言い出したのはモトヤマであった。

ヒマさえあれば地図を見てイメトレを欠かさず、二言目には「国道6号ってさ・・・」と言っていたのもモトヤマ。

そんな彼が浅草で旅を中断せざるを得ないというのは、僕としても非常に辛いことであった。


気の利いた言葉も見つからなかったので、とりあえず「そりゃしゃーないな。ヒゲゴリラには伝えとくわ。」とだけ告げ、電話を切り、走行再開。


ヒゲゴリラと2人きりでの旅になってしまったが、モトヤマの分までこいでやろうということで、飛ばしまくって16時には福島県いわき市勿来の民宿に到着。

洗濯機を無理やり借りて洗濯を済ませ、近くに一軒だけあった居酒屋で夕食。

モトヤマの存在を忘れかけながらビールを飲んでいると、再度着信が。


なんと、チャリ屋を何軒か回った結果、最後に行ったところですぐにチャリを直してもらえたとのこと。(午後19時近く)

「今から追いかけるか否か」を悩んでいるモトヤマに対し、無理かなーとは思いながら追いかけるよう説得した僕。

ヒゲゴリラはただウホウホ言いながら刺身を食っていた。


こうしてモトヤマの丸一日遅れの追走が始まったのである。


翌朝6時、僕とヒゲゴリラは民宿の女将が作ってくれたオニギリと漬物を持って勿来を出発。

女将は「朝5時に出る」と告げていた僕らのために5時に間に合うように起きておにぎりを用意してくれていたのである。

なのに僕らは寝坊して6時に女将に起こされる始末。


この日中に仙台(勿来からは180キロ程度)に着いてモトヤマを待つという目標を設定していたため、余談を許さぬ状況。

ゴリラだけに僕とは比にならないほどの脚力とメンタルを有するヒゲゴリラは、初めてのチャリ旅であるにも関わらず僕より遥か先を走行していたため、僕は離れすぎないように必死にこいだ。

背中にのしかかるバックパックは、ゾウの糞が詰まってるんじゃないかというくらい生温かく、ズッシリと重い。

そのバックパックの重さを一身に背負っていたのがサドルに食い込むケツであるが、あのケツの痛さこそがチャリ芸人の勲章であることは言うまでもない。


そんな下らないことを考えながら走り続け、昼過ぎに相馬の道の駅に到着。

美味しいと有名な「ほっき飯」が全然美味しそうじゃなかったので普通に蕎麦とカレーを食って休憩し、モトヤマに電話をしてみると、寝坊したため、まだ水戸を過ぎたあたりとのこと。

僕が何を言っても、モトヤマは「成るようになる」としか言えないおかしな精神状況であった。


やる気があるのかないのかよく分からないモトヤマの電話を切り、「アイツたぶん追いつかねーわ」とヒゲゴリラに告げ、仙台まで残り60キロを切った国道6号へ戻った。

そして夕方17時、ついに仙台市の温泉宿に到着。

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(仙台市「熊野堂温泉」)


実質丸2日間で東京~仙台を制覇した僕とヒゲゴリラはとりあえず温泉に入り、近くの居酒屋へ。

そこで酔っ払っていると、同じく酔っ払っているモトヤマから着信が。

モトヤマは仙台から140キロ程離れたいわき市北部に宿をとっており、居酒屋で1人で酔っ払っていた。

面倒くさかったので、「とりあえず明日の昼までには仙台に着いてくれ」と条件を提示して電話を切り、この日は21時すぎに寝た。

モトヤマは完全にランナーズハイの状態で、最後まで「成るようになる」という言葉を何度も繰り返すだけだった。 
酔っ払いめ。


翌朝すぐに仙台駅に向かい、新幹線のチケットを購入。

モトヤマの到着までやることがなかったので、なぜか美容室に行って髪を切ることにした僕とヒゲゴリラ。


東京からわざわざチャリで来たのになぜか髪を切っているというツッコミ所満載の話をしてもやたらと反応が薄い美容室のおばちゃん。

仕方なく「牛タンの美味しい店はありますか」という鉄板すぎるであろう話のきっかけをぶちかましてカットを終え、若干失敗しているように見える髪型をよそに牛タンの有名な『利久』へ。

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(極定食 『利休』本店)

そのあとは公園で昼寝したり、新幹線に載せるためにあらかじめチャリを分解したりしてモトヤマの到着を待った。


そして15時半を回る頃。

ついにモトヤマが仙台に到着。

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(仙台に着いたモトヤマ)

成るようになったモトヤマ。


今すぐにでも帰りたかった僕とヒゲゴリラだったが、それではモトヤマがあまりにも不憫だったため、この日2食目の牛タン屋へ。

そこでついに3人揃って祝杯をあげたわけである。


そして時間も時間だったので、チャリを輪行してすぐに新幹線に乗車。

モトヤマの仙台滞在時間は約2時間。

仙台までの走行時間は約20時間。

そんなもんである。



こうして僕らの東京~仙台チャリ奉行は終了。

ゴリラばりの脚力でずっと僕の前を走り、僕を鼓舞し続け、世界中の動物たちに勇気と感動を与えたヒゲゴリラ。

たった1人で360キロを走り切り、最終的には仙台での合流を果たし、世界中の子供たちに勇気と感動を与えたモトヤマの2人に拍手を送ってほしい。


こいでるときはやっぱりキツいだけ。帰りたいだけ。途中で止めちまいたいと思うだけ。

だけど、目的地に着いたときに温泉が体に染みる感じとか、ビールのぶっ飛んだ旨さとか、ケツが痛すぎて理不尽に目の前のヒゲゴリラにキレる感じとかは、チャリをこぎ続けたものにしか味わえないものなのである。

特にサラリーマンである僕らにとって、こーゆう旅は学生のそれとは比にならないほど非日常的感覚を与えてくれるもので。

これだからチャリ旅はやめられねーわけだ。



というわけでしばらくチャリはお休みします。

疲れた。

次回は来年になりそう。



おわり

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プロフィール

おちょこの裏

Author:おちょこの裏
世界最高の町、群馬県月夜町(現 みなかみ町)に生まれ、生後1週間で東京都板橋区へやってきたかと思いきや、サッカー 登山 素潜り サーフィン 写真 自転車 ミスチル 読書 ビール が好きに。



■海外渡航歴

オーストラリア・インド・タイ・カンボジア・ベトナム・ラオス・韓国・台湾



■国内は自転車で周ってます。

関東地方一周・東京→京都・別府→福岡・八丈島一周・東京→仙台・東京横断など



■登山歴

富士山・比叡山・筑波山・八丈富士・谷川岳・瑞牆山・雁ヶ腹摺山・三国山(群馬県)・越前岳・大山・塔ノ岳・荒船山・上州武尊山・蓼科山・雄山・大汝山・燕岳・大峰山・吾妻耶山・行者ケ岳・二子山・鍋割山・黒斑山・碁石ケ峰・袖平山・伊豆ヶ岳・大菩薩嶺・川苔山・編笠山・権現岳・掃部ヶ岳・道峰山(ソウル)・高水三山・生藤山・黒檜山・日光白根山・甲斐駒ケ岳・仙丈ヶ岳・羊蹄山・一ノ倉岳・茂倉岳・奈良倉山・蝶ヶ岳・白馬岳・両神山・宝登山・雲取山・檜洞丸・妙義山・入笠山・武奈ケ岳・荒島岳・八経ケ岳・西穂高岳・伊吹山・叔母子岳・剱岳・丹沢山・岩湧山・穂高岳・涸沢・弓折岳・双六岳・槍ヶ岳・樅沢岳・三俣蓮華岳・赤岳・横岳・白山・涸沢岳・小蓮華岳・針ノ木岳・蓮華岳
・木曽駒ケ岳・大天井岳・常念岳・奥穂高岳・ジャンダルム


現在は東京にて営業を。

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